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東京高等裁判所 昭和43年(行ケ)112号 判決 1970年6月23日

原告

吉丸泰章

代理人弁理士

安田敏雄

玉腰敏夫

渡辺勲

被告

特許庁長官

荒玉義人

指定代理人

吉田正行

外一名

主文

原告の請求は、棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判<略>

第二  請求の原因

原告訴訟代理人は、請求の原因として、次のとおり述べた。

一  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和三十五年十一月四日、名称を「トラクターにおける動力伝達装置」につき実用新案登録出願をし、昭和三十八年八月十四日出願公告がされたところ、富士重工業株式会社外四名より登録異議の申立があつたので、昭和三十九年二月四日付手続補正書を提出して登録請求の範囲の項等の記載につき補正(以下「補正」という)をしたが、昭和四十年五月二十七日、右手続補正書に基づく手続補正を却下する決定と共に、本件実用新案登録出願につき拒絶査定があつたので、同年七月二十一日これに対する審判を請求し、同年審判第四、八一一号事件として審理されたが、昭和四十三年六月十四日、「本件審判請求は成り立たない」旨の審決があり、その謄本は、同年八月三日原告に送達された。

二  本願考案の要旨

(一)  補正前の要旨

歯車厘内に軸支した主軸に二個の歯車を嵌合し、一方の歯車より中間軸上の多数の歯車を介してトラクター駆動用の軸に動力の伝達をはかり、他方の歯車にて中間軸上の各歯車を介して作業機運転用の動力取出軸に回転をもたらすようにして成るトラクターにおける動力伝達装置。

(二)  補正後の考案の要旨

歯車匣内に軸支した主軸の長短径部に二個の歯車を嵌合し、長径部上の歯車より中間軸上の変速用の歯車を介してトラクター駆動用の軸に動力の伝達をはかり、他方の短径部上の歯車にて中間軸上の変速用歯車を介して作業機運転用の動力取出軸に回転をもたらすようにして成るトラクターにおける動力伝達装置。

三  本件審決理由の要点

まず、原審がした補正却下決定の当否について審究するに、本願明細書全文にわたる補正の要点は、その構成上において、(イ)「主軸2の中位部」を「主軸2の長径部」と、(ロ)「主軸2の延長端部」を「主軸2の短径とした延長端部」とするものであり、その作用効果上の補正事項として「作業機に不慮の過大負荷がかかつても短径部にトーションバーの作用が働き、したがつて、作業機側に云々」とするものであるが、本願の出願当初の明細書には主軸2の短径部をトーションバーとして作用させる機能に関する記載は全く見当らない。ただ、その添付図面上において、たまたま主軸2の右方延長部が左方よりやや短径に図示されているにすぎない。そして、該図のみを客観的にみれば、この短径部は、通常の動力伝達軸設計であつて、よもやトーションバーを兼備させたものと読み取ることはできないであろう。したがつて、この点の構成を本考案の重要にして必須の構成要件として容認することは考案存在の要部を変更するものであり、ひいては、この出願の要旨を変更するものとも解することができる。まして、一旦公告された考案について単に図面上にそれらしき推量可能な構造があるからとして、本考案の性格を改変せしめるごとき補充訂正はあえて採用できるものではない。しかしながら、この点の判断を原審のごとく一歩を譲つて、その補正を要旨変更でないものとしても、トーションバーの機能は、軸の長大化によつて一般的に一応奏しうるものとすることができるならば、甲第一号証の二(本訴における甲第三号証の四枚目裏)に示す長い動力取出軸もまたその機能を期待することができるであろうし、結局、本願の主軸2に関する長径部、短径部に関する限定は構成上の微差に帰せられる。以上のとおりであるから、結局原審のした補正却下の決定は妥当なものに帰し、これを取り消す必要はない。

原審のした補正却下の決定は妥当なものであるから、本願考案の要旨は、前項(一)「補正前の考案の要旨」のとおりのトラクターにおける動力伝達装置にあるものと認められるが、その構成要件である(A)歯車匣内に軸支した主軸に二個の歯車を嵌合し、(B)一方の歯車より中間軸上に多数の歯車を介してトラクター駆動用の軸に動力の伝達をはかり、(C)他方の歯車にて中間軸上の各歯車を介して作業運転用動力取出軸に回転をもたらすようにした各構成に対する構造は、本願出願前頒布の刊行物「農業機械ハンドブック」四九頁図8.12(甲第一号証)(以下「引用例」という)(別紙図面第二参照)に示す車輛用トラクターの動力取出装置に、それぞれ明示されている。すなわち、後者の図面中央部の中心軸上には各々左右に動力取出軸用の駆動歯車及び車輪駆動用の大かさ歯車に連動される変速歯車をそれぞれ装着している。したがつて、本願考案は、引用例に記載されたものと同一のものと認められるから、本願考案は、その理由によつて、拒絶すべきものである。<以下略>

理由

(争いのない事実)

一  本件に関する特許庁における手続の経緯、出願当初の本願発明の要旨及び補正の内容、補正後における本願考案の要旨並びに本件審決の理由が、いずれも原告主張のとおりであることは、本件当事者間に争いのないところである。

(本件審決を取り消すべき事由の有無について)

二 原告は、まず、本件補正は却下されるべきであるとした本件審決は判断を誤つたものである旨主張するが、右主張は、理由がないものといわざるをえない。すなわち、当事者に争いのない出願当初の本願考案の要旨と補正後のそれとを、当事者間に争いのない補正の内容、とくにその作用効果につき「作業機に不慮の過大負荷がかかつても、短径部にトーションバーの作用が働き……」という趣旨を補充訂正したが、短径部をトーションバーとして作用させる機能に関する記載、補正前の明細書には全くなかつた事実を参酌して対比すると、右補正は、本願考案の要旨を実質的に変更するものと認めざるをえない。

この点に関し、原告は、右補正により補正された構造の機能が出願当初の明細書に全く記載されていないことを認めつつも、該構造は、本件審決も認定するとおり、出願当初の添付図面に示されており、その補正にかかる作用効果も、出願当初の明細書に記載された作用効果を助長するにすぎないものであるから、右補正は、本願考案の要旨を実質的に変更するものではない旨主張するが、実用新案の登録出願の願書に添付する図面は、その考案の要旨を、その詳細な説明の項の記載と相まつて、理解し易く説明するために作成提出されるものと解されるから、本願出願の願書に添付した図面に主軸2の右方延長部が左方延長部よりやや短径に図示されていても(この事実は、原告において争わない)、その構造のもつ機能について明細書に何らの記載のないこと当事者間に争いがなく、かつ、主軸2の右方延長部が左方延長部より「やや短径に」という程度に図示されているに止まり、その図示するところが当然当業者をして短径部をトーションバーとして作用させる機能のものであることを推知せしめるものであることを認めるに足る確証のない本件においては、右図示から直ちに、本願考案がトーションバーの作用を有する動力伝達装置にかかわるものであると断ずることはできない。<中略>原告は、本件補正は登録請求の範囲を減縮するものであり、作用効果を一層明瞭ならしめたものであるから、本願考案の要旨の実質的変更に当たらない旨主張するが、登録請求の範囲の減縮ないしは明瞭でない記載の釈明であるということは、その訂正が登録請求の範囲の実質的変更に当たるかどうかの判断にいささかの影響を及ぼしうべきものでないことは、本件のような出願公告決定謄本送達後の補正に関する関係法条、すなわち、実用新案法第十三条、特許法第六十四条、第百二十六条第二項の規定に徴し明らかなところであるから、原告の右主張は、もとより採用しうべき限りではない。

なお、原告は、本件審決が添付図面表示の短径部を通常の動力伝達軸設計である、としたことを強く非難し、本願当初の図面において、ことさらに主軸を異径としたのは、特別の作用効果を奏せしめるための特別の設計であり、このことは当業者のきわめて容易に理解するところである旨主張するが、それが動力伝達軸の通常の設計であるにせよ、特別の設計であるにせよ、右図示するところのみから逆に本願考案の要旨を限定しうべくもないものであることは、さきに説示したとおりであるばかりでなく、本願考案のように、動力伝達軸に直結する歯車が二個ある場合、主軸の動力源に遠い位置に、嵌合する歯車の嵌合部分の軸径を、出力の減少に即応せしめる意味において、近い位置に嵌合する歯車の嵌合部分の軸径より短いものとすることは、この種装置の合理的設計としては、きわめて当然の構造であることは何人にも見易いところであるから、原告の前記非難は、結局、当を得ないものといわざるをえない。

以上のとおりであるから、本件補正を却下すべきものとした本件審決の判断は(その表現において原告が指摘するような不正確と混乱のあることは否定しえないが)、結局、正当なものということができ、もとより違法とすることはできない。

(三) 原告は、また、補正後の本願考案における長径部、短径部の限定は、本件審決がいうような構成上の微差にすぎないものではない旨主張するが、この点に関する補正手続が本願考案の要旨を実質的に変更するとの理由で却下を免かれないものであること前説示のとおりである以上、もはや、右主張の当否を判断する余地は全くありえないことは、多くの説明を要しないところであろう。けだし、このような主張は、補正却下を不当とする理由とはなりえないし、また、補正が許されない以上、補正後の本願考案と引用例を比較することは無意味なことだからである。

(三) よつて、進んで、補正前の本願考案と引用例とを比較するに……、本願の構成要件に対応する構造は、本件審決認定のとおり、それぞれ引用例に明示されている事実を認定しうべく、他にこの認定を左右するに足る証拠はない。原告は、この点に関し、引用例における一連の歯車は、本件審決認定のような変速歯車ではなく、減速を行なうものである旨主張するが、本件審決にいう「変速歯車」とは、一般的用語として、被告指定代理人が本訴において釈明するように、回転速度を変換すべき歯車、すなわち、無段変速歯車装置、多段又は有段変速歯車装置、増速歯車装置、減速歯車装置等に使用されるすべての歯車を総称するものと理解しえないではないから、本件審決が変速歯車なる用語を用いたことをもつて、本件審決が事実の認定を誤つた違法があり、取り消されるべきである、とすることはできない。

また、原告が主張する前掲請求原因四の(三)の(イ)から(ニ)までの作用効果も、本願考案(補正前の)と引用例とが、その構成において相異なるところの認めがたいこと前説示のとおりである本件において、なお、両者の考案としての同一性を否定し去りうる程度のものとは認めがたい。すなわち、

(イ)  原告は、引用例においては作業機駆動用動力取出軸に過負荷がかかつた場合主軸にねじれによるバネ作用が却りにくいに対し、本願考案においては、そのような場合でも主軸の損傷を免がれうる旨主張するが、本願考案が主軸の損傷防止を目的とするものでないことは成立に争いのない甲第一号証に明らかであり、その点に関する作用効果も両者大同小異の域にあることは………明らかである。

(ロ)  過大の負荷のための主軸が損傷した場合のトラクターの運行関係に関する原告の主張も、本願考案が主軸の損傷防止を目的とするものではないこと前項認定のとおりである本件においては、具体性のない議論にすぎないといわざるをえない。

(ハ)  本願考案が、引用例が減速装置を有するのと異なり、変速装置と連動している旨の原告の主張も、減速装置も変速装置の一種であることを考慮すれば、その機能の多様性に若干の差異があるとしても、その作用効果に特に著しい差異があるとするに足りないことは、いうまでもない。

(ニ)  引用例と本願考案との長大化に関する原告の主張も、本願考案が長大化防止をとくに目的としているものでないこと……明らかである本件において、これを採用するに由ないものであることは、また、いうまでもないところである。

(むすび)

三 叙上のとおりであるから、本件審決は、本件補正を却下すべきものであるとした点及び補正前の本願考案は引用例記載のものと同一考案であるとした点において、いずれも正当であるということができる。よつて、その主張の点に判断を誤つた違法があることを理由に、その取消を求める原告の本訴請求は、これを棄却する……。(服部高顕 三宅正雄 奈良次郎)

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